はじめまして
横浜F22シェービングスクールの講師、杉村真理子です。初めて私を知ってくださる方ばかりだと思うので自己紹介させていただきます。
■名前 杉村真理子
■住まい 神奈川県横浜市
■資格 理容師免許、管理理容師
■好きなこと お顔そりをすること。カフェでモーニングしながら読書すること。バーベキュー。旅行.
■1971年生まれ、3姉妹の真ん中。父、母、祖父、曾祖父も理容師。
■現在: 主人と義母と子ども3人(長男も理容師、娘、次男高校生)6人家族。
■仕事:24歳で結婚してから主人と義母と3人で理容業をしていましたが、2020年8月から自宅2階にお顔そりサロンを新装オープンしました。

理容店の中にパーテーションで仕切った奥のスペースで女性のお客様にお顔そりさせていただいてたのですが、狭いスペースでお顔そりした後のメイクスペースや時間もなく、もっとゆったりとしたところで静かに女性を癒したいという気持ちになり自宅2階に女性専用お顔そり専門店をオープンしました。
なぜ理容師に?
子どもの頃から人見知りで赤面症だったので、まさか自分が接客業につくとは思ってもいませんでした。小学校の時は絶対なりたくなかったんです。
高校の頃、結婚しても家で仕事ができる職業がいいなと思い、なんとなくエステがいいかなと思って父に相談したところ、「資格のないエステより国家資格の理容師がいいぞ」と勧められ、今思うと不思議なんですが即決!横浜商業高校別科(理容科)に通いました。
手荒れの日々

理容店で5年間働き、勤めていたお店では私だけ特別なシャンプーにしてもらったり、手が荒れるようなことは代わってくれたりと、みんなに良くしてもらってたのですが、かゆくて眠れなかったり、睡眠中にかいてしまって傷や血だらけになる毎日。
朝起きると痛いし、かいてしまった自分にがっかりして相当へこみました。仕事やめようと思ったことも何回もありました。我慢できなくなり、気持ちが滅入ってしまい思い切って社長に休ませてもらい5日間休んだら、手がきれいになったんです。
ひじ下から指先まで傷だらけでボロボロだったのに。「水仕事やらなければ治るんだ。」今だったら分かるのですが、神奈川や東京の病院10か所近く行っても全く治らず、原因も分からず漢方も飲んだり、海水が良いと聞けば、海の公園へ仕事が終わってから手を海水につけるためにわざわざ行ったり。
治療のため大学病院行ったら包帯でひじから下がぐるぐる巻きになったこともあるので、自分はアレルギーか、もう治らない皮膚病だと思い込んでいました。5日間できれいになって本当にほっとしました。救われたんです。
結婚して長男の嫁に

結婚してからは主人と義母(会長)と従業員と叔母さんと私で仕事しながら子育ての毎日。保育園に送り迎えしてる頃、マンション借りてお顔そりサロンをしようかと思ったこともありましたが、周りにやってる人もいませんでしたし、自分でも無理かな?とすぐにあきらめてしまいました。
子どもの運動会や行事に参加しても、呼ばれれば仕事に戻るために途中で帰ることもありました。次男のリレーに間に合わなかったり。そんなに忙しい日ばかりじゃないのに、周りのお母さんたちは仕事を休んで来てるのに、なんでなんだろう?
周りは家族揃って運動会に来て親子や祖父母の方も一緒にお弁当を食べてるのに、自分だけあわただしく行ったり来たりして仕事するのっておかしい!と思っていました。
主人が3ヵ月仕事が全くできない状態に

家族3人で仕事をしていたので、主人がけがをして3ヵ月休むことになったとき、さあどうしようか?と会長と2人で作戦をたて、毎日必死に仕事をしました。子どももまだ小さく、家事もあり大変でしたが、お客様もなんとか失客することなく安心しました。会長とは結束がより深まり、ここで同志のような関係になれたと思います。
長男が理容師に

それから月日が流れ、大学に行くと思っていた長男が「理容師になる」と言い出し、そこから自分の中で気持ちが大きく変わって行きました。
このままのんびりと仕事してていいのだろうか?
長男を産んだ時に思った「この子のためならなんでもできる」
そう思ったはずなのに今の自分は何にもしてない。自信を持って「この仕事っていいよ」「めちゃくちゃ儲かるよ」「すごく楽しいよ」って息子に向かって言えるのだろうか?
そんなとき、駅前にお顔そりサロンができたのを見つけ、うじうじしていた気持ちが吹っ切れました。
「絶対お顔そりやろう!」と気持ちがはっきりしました。
そこからはお顔そりの講習へ参加したり、ネットで検索する日々。

そこで初めてお顔そり美容法を知り、運よく東京勉強会に参加できたものの、レベルの高さについていけず、何回もやめようか思いましたが友人に励まされ、お顔そり仲間や家族に助けられ続けることができました。
勉強会に参加するうちにお顔そり美容法のアカデミー(現在はお顔そり美容法スクール)というものがあり、ここに来てる方々は半分以上そこの卒業生であるということを初めて知ったのです。
お顔そり美容法スクールに参加

誘われるまま美容法の旅行に参加し、名古屋で行われたセミナーに参加したり。誘われるまま行動していたら、神戸までスクールに通うことになりました。神戸まで6回、おかげさまで卒業して3ヵ月後にはひと月にご来店されたお客様が110名様以上になりました。
スクールはお顔そり理論や技術。施術した時の圧、力加減、なめらかな手の動き。タオルワーク、かみそり走行、すべてリンパの流れを考えて施術していきます。
経営のことも教えて頂けました。卒業しても掲示板での悩み相談もできるし、情報共有もできます。

お顔そりの仲間と一緒にいることで、習ったことをすぐ実践することや分からないことはすでに出来てる人に聞くこと。お互いに知ってることを(得意なこと)を仲間に伝えたり、教えてもらったり。スクール卒業して終わりじゃなく、その後もやる気さえあれば売上がアップできる。
スクールに通っているうちに、理容店の中に女性のお客様がいらっしゃることが当たり前になっていきました。男性のお客様のカットをする時間より女性のお客様を施術させていただく時間がどんどん増えていきました。
講師の資格取得のため神戸に通うようになると、お顔そりの個室がほしいと思うようになりました。理容店内奥のスペースにパーテーションで仕切っただけのスペースでお顔そりしていたので、ゆっくりメイクすることもできないし、帰るときには男性のお客様の後ろを通っていくしかないからです。そんな時・・・
あやしい・・占いの部屋みたい・・・

なにげなくつぶやいた男性のお客様の言葉がショックでした。でもそれがお顔そりしているスペースを見た素直な感想だったのです。
でもその一言がきっかけとなり店内を改装できないなら、裏の駐車場に(ネットで見た)トレーラーハウスを買ってお顔そりサロンにしたらどうだろうか?と考え義母に相談したのです。「トレーラーハウスじゃなくて、私の部屋使ったら?」と言ってくれたのです。
そこからは早く、3日後お客様がリフォームされた話を聞き、この人だ!とすぐ工務店を紹介してもらい、部屋を改装してお顔そりサロンをすることに決めました。
お顔そり美容法講師として

最初は1階の理容店から2階へ移るだけと思っていましたが、いざ始めると人から話を聞くのと実際やるのとでは全く違うんだということも感じました。
なんでも経験しなきゃわからないことがあります。
今までの経験があるから、お客様に喜んでいただけるサロンへの近道がわかります。生徒さんの人数も2人までの少人数制。目が届く範囲で理論、技術、経営を一緒に学んでいきます。
先の見えない時代だからこそ、
ちょっと一歩踏み出すことで
やらなかった自分とはぐんと差が出ます。
このブログではこれからお顔そり美容法を仕事にしたい人に向けたノウハウを書いていきます。
自分にとっても見直すことができるので、気軽に書きますね。
お顔そり美容法講師 杉村真理子


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